働き方 2018.4.17

人が育つ組織マネジメント ~横浜高校野球部前監督・渡辺元智氏の“4つの変遷”から学ぶ~

どうも、でじたりあん編集長横井です。

今回は甲子園常連校で有名な横浜高校の野球部前監督・渡辺元智さんに取材して参りました。

キャリア50年、横浜高校の黄金時代を築いた渡辺さんから「人を教育する者・指導する者の心得」を伺ってきました。

<お話を伺った方>
渡辺元智(わたなべ もとのり)氏
日本の高校野球指導者。横浜高等学校硬式野球部前監督。同校硬式野球部監督を長年務め、同校を強豪校に育て上げた。
■甲子園の通算成績
出場回数27回/51勝22敗/優勝5回/勝率.699
■指導した主な選手
松坂大輔/筒香嘉智/愛甲猛/涌井秀章/多村仁志/成瀬善久

指導者はチェンジできなくてはならない

渡辺さんの“変遷”

横井
指導者・教育者として、組織をまとめあげるのに必要な力とはなんでしょうか?
渡辺さん
“変われる指導者”であることですね。信念は曲げるべきではありませんが、指導者は「チェンジ」できなくてはいけません。
横井
「チェンジ」。。どういうことでしょうか?
渡辺さん
世代や環境に応じて、自分を省みて、教育・指導の形を変えていくことです。人を育てるということは本当に難しく、色々な人間を相手にする度に育てる側の私も学び、変化を繰り返してきた…。
横井
具体的には、どういったことなのでしょう?
渡辺さん
そうですね。。私には、指導者として辿ってきた4つの変遷がありましてね・・・
横井
はい…!

第1の変遷「踏襲・模倣」

とにかく真似して、周囲を上回る量やる

渡辺さん
4つの変遷のまず1つ目、、監督になってまず最初に行ったことは「前任者の踏襲」そして「他人の模倣」です。
横井
「踏襲」と「模倣」ですか。。
渡辺さん
24歳で監督に就いて、初めは自分の指導方針なんてのは皆無でした。そのため、とにかく我武者羅に前任者を踏襲し、他人の指導方法を模倣しました
横井
どのような指導法だったのでしょうか?
渡辺さん
当時(1968年)、鉄拳制裁・スパルタ教育というものは当たり前で、ある程度社会風潮が厳しさを容認していたと思います。だからスパルタ教育をとにかく踏襲・模倣して、相手を上回る練習量をやりました。そうすれば勝てると信じていました。
横井
なるほど。。
渡辺さん
ただ、今振り返りますと、それは私自身の欲望のみでした。
横井
欲望…どういうことでしょうか?
渡辺さん
(こと指導において、それは)選手を「育てる」ということではなく、監督として日本一になりたい勝利至上主義が目的の第一になっていました。
渡辺さん
ただ少なくともその時代、“そういう”練習をしたチームが勝っていました…!それは間違いないと思います。。横浜高校も(1973年 春の選抜高校野球大会)他のどこよりも厳しいと自負するスパルタ訓練で全国制覇した実績があります。。

次なる変遷へ

きっかけは、全国制覇した1973年の春のセンバツ

横井
それから、どのようにして次の変遷を迎えたのでしょうか?
渡辺さん
春のセンバツで全国制覇しましたが、やはり、夏を勝たなければいけないと思い、更にスパルタ訓練をやったんです。ところが空回り…!
「なぜ勝てないんだろう」と真剣に考えていた時に、あるシーンを思い出しました。
横井
どのようなシーンでしょうか?
渡辺さん
優勝した春の決勝、広島商業戦の10回裏ですね。勝ち越している場面でレフトの富田選手が、広島商業の選手の打球を落としたんです。2アウトだったので、それを捕っていたら勝っていたと思います。土壇場でのエラー…。頭に血が上ってしまいました!
横井
(まさか、鉄拳制裁…?)
渡辺さん
ところが、自分でもなぜかわからないんですが、冷静になって「次打てばいいじゃないか。」と声を掛けたんです。
すると富田選手が、涙を流すんですよ…。今まで、どんなスパルタ・鉄拳制裁にも涙なんか流さず、しらーっとしてるような男だったんですけどね…。
横井
涙ですか。。
渡辺さん
後々わかったんですけど、「嬉しかった」ようです。
今まで「打たなかったら承知しねえぞ!」とか言って、罵倒・罵声を浴びせて威嚇するばかりだった私が(笑)予想外の事を言ったものですから、その言葉に愛情を感じたのでしょう。
横井
きっとそうですね…!
渡辺さん
富田選手は、決勝戦まで打率が2割5分にも満たないような成績で、また、ホームランも打つような選手じゃなかったんですが…
声を掛けた直後の11回表、2アウトから、レフトスタンドへホームランを打った…!その結果、優勝が決まりました!
横井
おおお…!

スパルタ野球からの「チェンジ」

指導者は指導される側に立って物事を考えよ。しかし指導者としての自信・見識・権威・プライドがなければいけない。

渡辺さん
そのシーンを後々思い出して「ああ、そうだな」と思いました。「やはり相手側に立って、投げかける言葉を大切にしなければいけないな」と。
同時に、それには「自分を鍛えなきゃいかん!」と思いました。指導をする立場の人間は自分を鍛える必要がある。
横井
自分を鍛える…ですか。
渡辺さん
指導される側に立って、目線を同じにする。しかし、なあなあじゃ絶対にダメだと思います。
相手側に立って物事を考えるから、相手が感謝や尊敬の念をこっちに注いでくれるようになる。そうなった時に、指導者には、自分の資質への「自信」がなくてはいけません
横井
そうなんですね。。
渡辺さん
親でも、上司でも、同じだと思いますが、「目線を合わせて寄り添ってやる。そしてその上で“指導するぞ”という信念・自信がなければいけない」ことに気が付きました。そうやってチェンジすることができたんですね。。
横井
相手に寄り添うことで、指導者として親しみが生まれますが、そうなった時こそ「威厳」みたいなものがないと、なあなあな関係になってしまう…ということなんですね。
渡辺さん
私は3人の異なるメンター(人生の師)から薫陶を受け指導者としての資質を高めました。選手側にも助言者は必要です。それが指導者の役割です。いずれにしても、言葉には味と真理があることを学び、私の中でスパルタ野球は終わりを迎えていました。これが2つ目の変遷であり、私は「言葉の野球」と位置付けています。

第2の変遷「言葉の野球」の勝利

指導される側の立場になって物事を考え、変わったこと

横井
その「言葉の野球」が、やはり大きな効果をもたらすことになった、ということですよね?
渡辺さん
そうですね。1980年、悲願の夏季大会全国制覇を成し遂げた。その大会の準決勝、天理高校との試合が、その「言葉の野球の勝利」を象徴する試合でした…!
横井
是非、詳しく教えてください…!
渡辺さん
その試合はすごい雨でね…7回で一度試合が中断されたんですね。この時スコアは0-0。その後再開するんだけれど、途端に(7回表)天理が1点取った…!「ああ、これはもうダメだ」と思いました。
しかし、どうしても“この夏”を制覇したい…選手のために。
渡辺さん
7回裏(横浜高校の攻撃)になって、2アウト2塁1塁で沼沢というバッターが出てきた。打率1割バッターですよ。
彼の胸に手を当てるとね、ガタガタガタガタ激しく震えてるんですよ…。もしこの回に1点取れなければ(悪天候のため)コールドで終わるかもしれないということもあって、、かなり緊張していたと思います。
「なんだこの震えは…。これじゃ打てない。」と思いましたが、、こんなときこそ選手側に寄り添って適切な言葉を掛けてやることが大切だと直感しました…!
横井
どんなお言葉だったのでしょうか?
渡辺さん
「おい、お前はバットを振らないからボールに当らないだけだ。いいスイングしてるよ。」
「打率1割台?お前はそんなもんじゃない。」
「1球目、必ずストレートが来る。。こんだけ激しく雨が降ったんだ。ピッチャーも手が滑って変化球は投げられないはず…。1球目からストレートに的を絞って振れ。」
「あとのことは全部、俺の責任だ。」
横井
おおお…!
渡辺さん
そしたら「はい…!」って言ってバッターボックスに向かって行った。そして初球、案の定、ストレート…!沼沢はバットを振り抜いて、打球は三遊間…!レフト前ヒット!これで1点取って、同点になりました。
渡辺さん
そして続く宍倉という選手にも声をかけました。
「スコアが1-1になったから、もし凡退して(悪天候のため7回で)試合終了でもドローだ。もし宍倉が三振しても“負け”はないよ。」
どころが、宍倉もガタガタ震えていたんので、沼澤同様に胸に手を当てた。。すると安心したのか、動悸が治ったんです…。
渡辺さん
そして、その瞬間にすかざす「お前も1球目から振れ!三振したって、このイニングで負けることはない…気軽に行け。」と言ってやりました。
そしたら2点2塁打を放ったんですね…!そして3-1で勝つことができました。。
さらにその勢いで早実との決勝にも勝利し、全国制覇を成し遂げたんです…!
横井
おおー!
渡辺さん
目線を合わせて言葉を投げかけてやる…これは大切なことですね。
そして何より、こういうことに“まず指導者が自分で気づき、指導の手法を変えることができなくてはダメ”ですね。。

第3、第4の変遷へ・・・

指導者は忍耐強く、タフじゃなきゃいけないと思います…。

横井
その後も渡辺さんは「気づき」「チェンジし続ける」ことで、横浜高校野球部という1つの組織を強く育て、牽引し続けて来たということですね。
渡辺さん
ただ、世の中の環境の変化は著しく、若者の気持ちも変わってきています。なので指導することがさらに難しくなり、あるとき1人で指導するのには限界があることを感じたんです。そこでまたチェンジ…他者の力を借りるんですね。
横井
はい…!
渡辺さん
高校時代の友人・小倉君を部長として呼んで、チームプレイや技術面に関して力を借してもらった。。そして私は“精神野球”…!2人で力を合わせてチーム作りに着手し、二人三脚で成し遂げたのが、公式戦44連勝…!横浜高校の黄金時代でしょう。
横井
松坂選手(2018年4月現在 中日ドラゴンズ所属)がいた頃ですね!“無敗伝説”…非常に有名ですね!
渡辺さん
でも、「前人未到の44連勝を達成できた。これ以上の指導方法は無いだろう。」と確信を持ちましたが、更に世の中は急速に動いていて、もう違うんですよ。
横井
はい。。
渡辺さん
IT産業の普及と共に、電波文字が主流となり言葉が通じにくくなってきたように感じられました。例えば、涌井(2018年4月現在 千葉ロッテマリーンズ所属)に、投手としての将来を嘱望しているからこそ、本当に厳しく叱ったことがありました。カッとなって「自分でも言い過ぎたかな」と思うくらいですよ。
渡辺さん
すると、元々が寡黙な男なのに、輪をかけて会話の兆しが無くなりました。。当時、私に疑心暗鬼だったのかな。煙たい存在になってしまったかもしれませんね…。
渡辺さん
そんな時どうしたかと言うと、メールを覚えて、使ってみたんですよ。「涌井、なぜお前に厳しく言うかわかるか。松坂の後の横浜高校の絶対的エースに成長してもらいたい。監督として期待しているんだ。」とね。
横井
これもチェンジですね…!
渡辺さん
すると「わかりました。明日から頑張ります。」とメールで返事が返ってきました。
たったこれだけのことですが、、次会う時の会話のきっかけになりました。グラウンドでスムーズに会話できるんですね。
そういう状況下で選手の方から監督に歩み寄れと言っても無理なんですよね。
渡辺さん
だから、相手の育ってきた環境や時代の流れを、指導者が敏感に反応してチェンジしなければならない。そのために、指導者はタフでなければ…忍耐強くなければダメなんだと思います…。

まとめ

最近の学校教育は、教師と生徒が密にコミュニケーションを取ることができる対話型の教育が一般化されています。

このため現代の新卒社員世代は「1対1で丁寧に教えてもらうこと」に慣れている傾向にあるそうです。

つまり、『先輩であるオレの背中を見て仕事・技術を盗め!』という無言の教育は、やや通じにくくなってきていると考えらます。

(これを比較的若者に分類される筆者が言うのは変な話ですが…“事実に基づく推論”と捉えて頂きたいです。)

上記を踏まえて、「新卒社員とは、密に“対話する・対話させる”ことを心がけよう。」…と、これだけでも1つの「気づき」であり「チェンジ」なのではないでしょうか。筆者の稚拙な考えかもしれませんが、例えばこういうことから始めてみるのもありだと思います。

“人をマネジメントしたり教育する人間は、される側の人間に寄り添い、かつ自分を鍛えなくてはいけない”…。
「…え?社会人同士の場合でもそこまでする必要ある?」と感じてしまう方も、中にはいるかもしれませんが、
少なくとも、「そういえば“人を指導・教育して何かしら影響を与える”のって、それなりに責任を伴う重要な仕事だったよね。。」と感じて頂けていたら、筆者として嬉しいです。

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横井貴明

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DIGITALIAN編集長。本職はお笑い芸人です。書道が好きです。

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